日本昔ばなし 飯降山(いぶりやま)

まんが日本昔ばなしの怖い話

ネットでは、割と有名な日本昔話の「飯降山(いぶりやま)」。

いろんな解釈ができる怖い話なのだが、ぜひこの物語を紹介したい。

 

あらすじ

 

三人の尼さんが山で修業をしていた。

そこは厳しい環境だった。

家はないので当然のように野宿するしかない。

木の下や草陰で眠り、殺生も禁止されているため動物の肉を食べることもできない。

草や木の実、キノコを食べるだけ。

三人の尼さんのうち、一番若い尼さんは厳しい修行に耐えきれずにめげそうになることもあったが、それを年上の二人の尼さんが支えていた。

二番目の尼さんは、おっとりとした性格のようだった。

一番上の尼さんは、優しそうな笑顔の人だった。

 

ある日の朝。

一番若い尼さんが空を見上げると、空が光り何かが落ちてきた。

落ちた場所に行ってみると、おにぎりが置いてあるではないか。

すぐに、年上の二人の尼さんへと報告する。

一番上の尼さんが言った。

「これは、日ごろの我々の精進への褒美として御仏がくださったものかもしれません。有難くいただきましょう」

三人はおにぎりを食べることにした。

次の日から、山のキノコが採られていなかった。

遠目に尼さんたちを見ていた村人は思った。

「食べ物の少ないこの山で、あの三人はどうやって生きてるんだろうか?」

毎日のように、おにぎりが空から降ってきていることを村人は知らないのだ。

 

ある日のこと。

一番若い尼さんが、焦げ臭い匂いに気づく。

匂いの方へと行ってみると、焚火の跡を発見した。

つい今しがた、誰かがここで焚火をしていたようだった。

そして、焚火のそばには鳥の骨があった。

誰かが鳥を食べたのだ。

近くには尼さんたちしかいない。

尼さんたちは殺生が禁止なのだ。

これは由々しき事態かもしれない。

そこへ、年上の尼さんがやってきた。

一番若い尼さんは、年上の尼さんへ報告した。

「これをご覧ください」

焦っている若い尼さんとは裏腹に、落ち着いた様子の年上の尼さん。

「これは、近くに住んでいる村人が食べたものでしょう」

周りに村人がいた様子はない。

尼さんたちしかいないのだ。

納得のいかない若い尼さん。

「そうでしょうか。もし、真ん中の尼さんなら……」

「滅相もないことを言うものではありません。我々は殺生が禁止なのですから」

「で、でも……あの日以来、毎日おにぎりを食べてるから、もっともっと食べたいと思うようになってしまったのでは」

「わかりました。では、三人で話し合いましょう。私が(真ん中の尼さんを)呼んできます」

そう言って、年上の尼さんは真ん中の尼さんを呼びに行った。

 

年上の尼さんに呼び出され不安そうな真ん中の尼さん。

「なんでしょうか?」

真ん中の尼さんが聞いた。

「あなたひもじいですか?」

年上の尼さんが聞く。

「いえ」

「もっとおにぎりを食べたいですか?」

「はい」

「私もですよ」

 

そして、三人で話し合った。

真ん中の尼さんは、殺生を認めない。

話しは「やったやらない」の水掛け論に。

見かねた年上の尼さんが言った。

「とにかく。殺生はよくないことです。だから、死んだ鳥のためにお経を唱えましょう」

三人は目を閉じて、お経を唱えだす。

ふと視線を感じて、若い尼さんが目を開ける。

そして、二人の方を向くと。

二人は若い尼さんの方をじっと見つめて、ニタァーと笑っている。

恐怖に顔を引きつらせる若い尼さん。

若い尼さんの絶叫が山々にこだました。

 

その日から、三人組の尼さんは二人組となった。

 

翌朝。

真ん中の尼さんがおにぎりを楽しみに起きてみると、おにぎりは二つしか置いてなかった。

まるで、一人がいなくなったことを天が知っているかのようだった。

 

二人の尼さんが木のそばに座っている。

「何を考えているのですか?」

年上の尼さんが聞いた。

「死んだあの子のことを、ときどき考えてしまいます」

「それは私も悔いてはいます。しかし、おにぎりは未だにあるのです。これは御仏が我々をお許しになっているということだと思います」

暗い表情の真ん中の尼さん。

「そんなに気に病むのなら、あの子のためにお経を唱えましょう」

年上の尼さんが言った。

 

二人は目を閉じ、お経を唱えている。

ふと視線を感じて、真ん中の尼さんが目を開ける。

そして、年上の尼さんの方を向くと。

年上の尼さんは真ん中の尼さんの方をじっと見つめて、ニタァーと笑っている。

恐怖に顔を引きつらせる真ん中の尼さん。

だが、次の瞬間。

真ん中の尼さんも年上の尼さんを睨み付け、ニタァーと笑った。

誰かの悲鳴が山々にこだました。

 

生き残ったのは年上の尼さんだった。

翌朝。

年上の尼さんは、おにぎりのある場所まで急いだ。

おにぎりが二個のままなのか、それとも一個に減ってしまうのか。

 

そこには、一つのおにぎりも置いていなかった。

絶望する年上の尼さん。

そして、食べ物のない冬がきた。

 

春になって村人は驚いた。

ボロボロの服でぼさぼさの頭、かつての面影が全くない年上の尼さんの姿を見かけたからだ。

 

それ以来、この山は飯の降る山とかいて飯降山(いぶりやま)と呼ばれるようになった。

 

感想と考察

 

これはネットで「怖い」と有名な昔話のようだ。

普通に読んだだけでも怖い話ではあるが、とある怖い噂があるのだ。

カニバリズムの噂。

つまり、死んだ尼さんのことを残った尼さんが食べてしまったのではないかというのだ。

都市伝説とでも言おうか。

ネットではまことしやかに囁かれている。

ただ私は思う。

それは本当に都市伝説なのだろうか、と。

私がこの物語を観て、最初に思ったことは「尼さん、食べられちゃったじゃないか」ということなのだ。

観る人によって感想は違うだろうが、少なくとも私は「食べた」ように思えた。

実際、年真ん中の尼さんが亡くなった直後のシーン。

年上の尼さんが、焚火をしていたような描写があるのだ。

そして、満腹そうに横になりため息をついているシーンがある。

食べ物の少ない山で、何を焼いて食べるというのだろうか。

これは、死んだ尼さんたちが食べられたということではなかろうか。

もちろん、作中にあったように鳥を焼いて食べたとも考えられるが。

すべては謎である。

だからこそ、都市伝説の域を出ない話なのかもしれない。